パピーたちの誕生日の意味

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これより前の記事の一部はまだ公開されていんませんが、かんりにんの父と我が家のラブたちのお話を少しだけ先に公開します。


私の弟は7年少し前の2009年11月に交通事故で亡くなりました。47歳でした。
それはとても大きな出来事でしたが、それだけでは終わらず、弟の葬儀の最中に父は病院に救急搬送されたのでした。
脳梗塞と、軽い心筋梗塞も起こしており、まさに生死ギリギリの状況でした。

その時の私たちは、兎にも角にも父の命をつなぎ留めることで精一杯でした。これ以上肉親を失いたくない一心だったと思います。
そして弟の葬儀の真っ只中で父の入院の手続きをした私は、その後のお礼やご挨拶もままならないまま、1週間、1ヶ月、半年、1年、3年...と不義理を残したまま時間だけが過ぎていきました。
その間の介護や看護のお話はとてもとても長く、一度には語り尽くせないでしょう。

どんがやってきた頃のことも別サイトに過去に書きましたが、今は移転中ですので近いうちに再公開するつもりです。
今回は父と生き物のこと、そしてどんパピーの事を少しお話します。

父とどんの初対面

どんが家族となり、初めての誕生日を迎えた2014年の初夏に、父が当時お世話になっていた介護施設にどんを連れていきました。
およそ2年半のリハビリと自宅介護のあと、施設入所して2年が経過した頃で、これがどんと父の初対面でした。
この頃の父はかなり認知症が進んでおり、会話はほとんど成立しなくなっていました。

とにかく動植物が好きな父

今は人間の数が少なくなってしまった我が家ですが、私が生まれた当時の藁科家は祖父母と曾祖父母までもいて、それはそれは大家族でした。
猫・犬はデフォルトで、メジロ・鶉・軍鶏・インコ・九官鳥・うさぎ・リス・ハツカネズミ・かめや金魚やメダカなどの池の魚etcなどなど、数え切れない動物がいた記憶があり、器用な曾祖父が小屋や池を作って世話をしていました。

猫はいなかった時期がなく、私の小学校時代は秋田犬をつがいで飼っていた事もありました。
なので動物と一緒に暮らすことが普通だと思っていましたし、父も当然動物が大好きなのに加え、盆栽の趣味もあって、とにかく生き物だらけのカオスな生活をしてきました。
母も動物好きでしたが、父と母は、動物への接し方が少し違っていたような気がします。

母は母性も手伝って自分の子供のように接していましたが、父は小さなものを「お世話する」事が好きなようでした。
上の、どんに舐められている父の画像が「されるがまま」でありながら、拳を握りしめてこらえている感じが父らしく、いたいけな者の所作をそのまま受け入れる人だった気がします。

過去に私が書いたブログにこんな記事がありました。以下リンク先から御覧ください。

半年後にどんと再会

アニマルセラピーという言葉をよく耳にします。父にもその効果があったかはわからないのですが、少しでも感性を保ち続けて欲しい気持ちがあって、暖かくなってきた頃を見計らってまたどんを施設に連れていきました。
私達の顔色を伺えるようになってきたどんとは裏腹に、徐々に指示が入らなくなっていく父は、私達の期待通りの反応はほとんどしてくれませんでしたが、それなりに「犬ころと暮らしてるのか」くらいは分ってくれていると思いました。
動植物や蕎麦屋の話には声は出さなくとも「うんうん」と頷いてくれます。

親の役割をひとつだけあげるならば

我が家は貧乏でしたので、住まいや店舗はあるものの、借金はいつまでたっても無くなりませんでした。
父はなぜか3人いた姉弟のうちの、とりわけ私にだけ我が家の現実が厳しいという教育をしてきたせいか、私はすっかり貧乏性が身についてしまいました。

でもそれは決して悪いことではなかった気がします。
生き抜く術(すべ)が知らぬ間に身に付いたからです。
それに、本来なら親元を離れ、厳しい社会にもまれ、やがてそこで起業するか一会社に身を任せるかを選択する、といったストーリーなのでしょうが、一気に起業させられ人の先頭に立つチャンスを貰って利益は無視で面白そうな事業を営むことができたのですから。
(でもこれって男性の場合のありがたいチャンスなのかも知れないですね)

逆に、長男である弟の方は、父とは何一つそういった関わりを持ってきませんでした。
そして一人きりでも生きていく術を身につけることなく、空の何処かに旅立っていきました。

私は子供がいないので、「親の役目」などという事を語れる立場ではないのかもしれないのですが、沢山あるであろうその「役目」のうちの一つをあげるのならば
「一人で生きていく術を教える」事ではないかと思っています。

それは、才能であったり、健康であったり、教育であったり、人によってはそのチャンスを金銭的に与える事もあるでしょう。
言えるのは、それを一生涯続けられないと子供に教えることも重要だという事。

私にとっての父は、親というより「寛容な上司」のような存在だったのですが、結果としてその意味では「生き抜く術」を身内の仕事をしていながら、それでも最低限は身につけられたと思っています。
でも未だに主人からは「世間知らず」と言われてきていますけれどw。

父の誕生日に生まれたパピー達

今回お譲りしているパピーの誕生日はこのサイトをOPEN当初からご覧の方はご存知でしょう。

父の誕生日と同じだったのですが、いち早くそれに気がついたのは私ではなく主人でした。

その頃は主人のヘルニアの退院直後でその事も心配だったのですが、父の容態が不安定で正直なところ仔犬どころではありませんでした。
しかし、去年の今頃も父の容態が不安定で介護施設から急性期の病院の入退院を繰り返し、結果、介護施設から今の病院に移ることとなったものの、医療の助けを借りてそこそこ安定した日々を1年近く過ごすことが出来たので、もしかしたら持ち直すのでは!?という期待もありました。

その1年もこれまでの介護の間も気の休まることはなかったのですが、倒れてからの命は弟から譲り受けた寿命として、いつお迎えが来ても仕方がないわけですから気持ちの準備は出来ていなければならず、仔犬の命は守りたいと考えました。
それに父もきっとそう言うだろうと思いました。父の性格のようにポジティブに捉えれば答えは簡単に出てきたのです。

去年から何度も病院から連絡があり、前の年のように不安定な状況が繰り返されました。
年末年始は「年越しそば」の話をし、1月末からは「父ちゃんの誕生日に犬の赤ちゃんが生まれたよ!」と話しかけると、顔を大きく動かして反応していました。

それからの2ヶ月間はおそらく父の頑張りだったのかもしれません。
病院に行くたびに「父ちゃんの誕生日に生まれた犬の赤ちゃんが大きくなったよ!」と声をかけ続けました。
そのことが届いたかはわかりませんが、酸素も外せなくなり、胃瘻から摂取も見合わせていた状態でよく頑張っていたと思います。

パピー達の引渡しが大詰めに差し掛かり、連休の最終日3月20日に”その時”が静かに訪れました。

なんの前触れもない電話からの終わりの始まり

18日にパピー1頭が里親さんのご家族に引き取られて行き、19日の夕方にお得意様の大口の出前のご注文、20日の祭日も昼にお得意様から出前のご注文があり、比較的のんびりな蕎麦屋の仕事がいつになく気ぜわしく、その日用の蕎麦も出汁も終わりかけていました。
なので夕方の営業をどうしようかと話しながら犬の散歩を済ませた帰り道、病院から携帯に電話が入りました。

「病院に来て下さい」は一体どういう意味をなすのか・・・頭のなかでいろんなことが巡ってはいましたが、なぜか気持ちは落ち着いていました。
病室につくと、酸素マスクを付けたままの呼吸のない、しかしまだ手のぬくもりが残っている父が、安らかな顔で横たわっていて、もうそれを見た瞬間に来る時が来たんだと悟りました。

主人に連絡し、到着するのを待って当直の医師から死亡の時刻を告げられ、そこから先は「お別れの儀式への準備」が滑らかに進んでいきました。

母が急逝した27歳の時を思い出していましたが、若さの割には仕事の面で慌てることはなく粛々と事が進み、その時私は母の寿命のパワーをいただいた気がしました。
きっとそうやって神様が仕向けてくれるのだと思いますし、今回も父の微かなパワーをパピーの誕生に変えて、私への生きる課題を与えてくれたのだと思いました。

それに図ったかのように、仕事をさせてからの定休日前の突然の訃報でしたので、それも父らしいと思えました。

ポジティブで社交的で人気者だった父

父はとてもひょうきんな人でした。とにかくテキトーな人でした。自分大好きで明るい人でした。
私には猛烈に厳しくて自分勝手でしたが、母が早くに他界した割には、それほど世話をかけなかったのではないかと思います。

人気者で女性から気軽な友達として扱われる徳なタイプなのは、息子の弟も譲り受けていました。
そう思うと、同じ誕生日のパピーたちは皆、父のようにポジティブに育っていく気がします。
嬉しい時は嬉しく、悲しい時は悲しく、素直に私達を頼ったり元気づけてくれる、そんな生き物の命をつなげることも悪くないと改めて思うことが出来ました。

最後に、長い間ご苦労様でした。
あなたが創って育てた「いさわや」を全力で繋いでいこうと思っていますので、どうぞあちらでのんびり見守っていて下さい。
あなたの可愛い息子の博之と、しばらく離れていた妻の洋子さんと、それからKyonやYamatoと一緒にね。

[記事作成日]2017/03/20
[最終更新日]2017/05/14

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